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カテゴリ:event
  • はじまりました
    [ 2012-03-05 14:35 ]
  • 若者同士の交流
    [ 2011-09-01 22:35 ]
  • ボランティア活動のための準備
    [ 2011-09-01 22:12 ]
  • 朝飯前の一仕事
    [ 2011-08-25 11:24 ]
  • 三日目です
    [ 2011-08-24 12:51 ]
  • 気仙沼大島二日目です
    [ 2011-08-23 15:56 ]
  • まだまだです
    [ 2011-08-22 20:20 ]
  • 震災ボランティア初日
    [ 2011-08-22 16:30 ]
  • 雨模様の福島を走行中です
    [ 2011-08-21 14:08 ]
  • バスで移動しています
    [ 2011-08-21 11:08 ]
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はじまりました
恒例になった海の中道マリンワールド水族館での連携展示がはじまりました。

今年のテーマは「心ひとつに、私たちが伝えたいこと」。

東日本大震災のボランティア活動をした若者の伝えたい言葉を、写真と一緒に展示しています。

昨年夏、石屋は若者104人とともに、陸前高田、気仙沼、石巻、南三陸でボランティア活動をしました。

その活動と、出会った東北の人々との交流の様子を写真で紹介しています。

また、この活動で体験し、見聞きしたことで若者は多くのことを学んできました。

若者が1000㎞以上離れたこの地で伝えたいことばをまとめてみました。

展示を見た子供たちがメッセージを残してくれました。次の活動で東北に届けたいと思います。

この展示は3月10日まで、マリンワールド館内マリンホールでひっそりと開催中です。

なおこのボランティア活動の報告書はこちらで閲覧できます。


by ishiyahonnin | 2012-03-05 14:35 | event | Comments(0) | Topへ
若者同士の交流
被災地でのボランティア活動の終盤に、現地の同世代の若者と交流会が実現した。参加してくれた4名の被災者である若者を、2000kmの彼方からやってきたボランティア初心者の若者たちが囲んでいる。
震災の前と後で彼らの生活がどれだけ変化したか、等身大の話だけにインパクトは大きい。

被災した若者の言葉で印象に残ったのは、彼らは「まずは復旧したい。以前の状況に戻りたい」と願っていることだ。しかし、元には戻らないことが起きてしまった事は彼らもわかっているので、その気持ちが切ない。今後何をしてほしいかという質問には、「忘れないでほしい」と答えた。風化させてはいけない。見た事、聞いた事、体験した事を持ち帰り、語り伝える必要がある。

交流の機会と場所を提供していただいた石巻専修大学と、つらい体験を語ってくれた4人の若者に厚くお礼申しあげます。


by ishiyahonnin | 2011-09-01 22:35 | event | Comments(0) | Topへ
ボランティア活動のための準備
石屋本人です。今回の災害ボランティア派遣隊は、3か月かけて準備しました。準備の主な内容は、リーダーの育成と情報収集です。そのため研修会の度におよそ100名を10のグループに分けて、まずお互いに知り合うことから始めて、リーダー・サブリーダーを選び、話し合った課題について情報収集し、それをとりまとめ、次の研修では成果発表を行う。この工程を3回繰り返しました。

さらに各グループには、研修の欠席者を置き去りにしない配慮を求めました。リーダーやサブリーダーは研修の内容や成果を欠席者にも漏らさず伝え、全員で揃って現地活動までこぎつけました。研修を通じて情報の収集を重ねたことで、ボランティア意識のレベルは確実に嵩上げできたようです。

この準備期間では、「自分で考え自分で行動できるようになる事」を若者たちに求めました。「指示待ち」は今や若者の代名詞ですが、少しでもそれを克服してほしい。そのためには周囲を良く見て、人の話を良く聞く必要があります。何をするべきか考えが浮かぶまでよく見ていれば、かならずやるべき事が見つかり、自ら行動に移れるはずです。あとは経験を繰り返すたびに自信が生まれます。そうすると独りで歩けるようになるのです。

ボランティアの原則は、自分の事は自分でできる人が、余裕のある部分で他者の手助けをする事です。神戸で芽吹いたこの国のボランティア(=奉仕活動)の土壌が、今後ますます拡大し、深まっていくことを願います。


by ishiyahonnin | 2011-09-01 22:12 | event | Comments(0) | Topへ
朝飯前の一仕事
石屋本人です。最終日の朝飯前に一仕事しました。今回は南三陸町に合計4泊しましたが、まだ南三陸町ではボランティア活動をしていませんでした。
最終日は移動日です。朝8時半にホテルを出発しないと、17時までには羽田空港に到着できません。そこで、朝食前6時にホテルを出発し、南三陸町防災センターの前で震災の全ての犠牲者に黙祷を捧げた後、近くの神社に行き、瓦礫の撤去作業を1時間行いました。

ここは山裾の斜面で、流れ着いた多くのがれきが残ったままです。短い時間でしたが、105人で集中して手際良く行いました。アシナガバチに刺された者が2名でましたが、大過なく一仕事を終え、今回のボランティア活動を締めくくることができました。
同行していただきました学生諸君と教職員の皆さんに、感謝申し上げます。
また、近い内に各地を訪ねるチャンスがあることを願っています。

by ishiyahonnin | 2011-08-25 11:24 | event | Comments(0) | Topへ
三日目です
石屋本人です。石巻市北上地区に来ています。北上川河口部の北岸です。対岸のやや上流には、多数の子供たちが犠牲になった大川小学校があります。

本日の仕事は、水田に流れ込んだ瓦礫を拾う仕事です。瓦礫は大小様々です。木片、金属片、コンクリート・瓦類、プラスチックなど可燃物、の4種類に分類しながら集めます。

午前中2か所、午後1か所の、合計三つの水田で、瓦礫を片付けました。ここでも写真アルバムや、名前のあるノート、名札の付いたリコーダーなど、個人に繋がる持ち物が多数流れ着いていました。

今日は晴れていますから暑いです。片付けた瓦礫の山の傍らでヒマワリが咲いていました。
仕事を終えて、黙祷を捧げました。


by ishiyahonnin | 2011-08-24 12:51 | event | Comments(0) | Topへ
気仙沼大島二日目です
雨が上がり、曇り空です。気仙沼大島二日目です。

本日は海岸に面した民家の基礎部分から、流入した土砂を掘り起こして土嚢を造ります。ただし、土砂から細かい木片、金属片、ガラス片などを取り除く必要があります。それには人の手が必要でなのです。

作った土嚢は海岸に並べるために使います。島は震災後明らかに地盤沈下しており、毎日の満潮時には海水で浸水するのです。

休憩時間には、依頼主から震災時とその後について、話を伺いました。思い出したくない事や、口にしたくない事は沢山あるはずですが、今日まで縁のなかった知らない若者と話す事で、溜めこんだ所からそれらが少しずつ解放されていくことを祈るばかりです。

朝9時半から午後2時半までの仕事です。

曇り空が続き、時折吹く海風のおかげで、仕事ははかどりました。

帰りのフェリーです。岸壁と船の位置関係が不自然です。接岸した岸壁が明らかに沈下しており、岸壁は盛土して補修しています。

今日も一日お疲れさまでした。

by ishiyahonnin | 2011-08-23 15:56 | event | Comments(0) | Topへ
まだまだです
石屋本人です。雨脚が強くなり午後2時半で初日の活動を切り上げました。

帰りに気仙沼大島のフェリー乗り場前で見た光景です。地盤沈下し、海水に浸ったままの膨大な瓦礫は、まだ手付かずのままです。

港の傍らには、人の背よりも高く瓦礫が積み上げてあります。

一日やったぐらいではまだまだです。自然の力も強烈ですが、人の力も捨てたものではないはずですから。

明日も一日働きましょう。
by ishiyahonnin | 2011-08-22 20:20 | event | Comments(0) | Topへ
震災ボランティア初日
石屋本人です。気仙沼大島は小雨です。

朝バスが道に迷ってしまい、大島行きフェリーに乗り遅れるところでした。あわてたために船着き場まで配達されたお弁当の受け取りをもう少しで忘れるところでした。フェリーはおよそ20分で気仙沼大島に到着しました。色々ありましたが、震災ボランティア初日がスタートしました。

初日の仕事は民家の庭先で廃材の片付けからです。大小さまざまなサイズの廃材には、くぎが多数出ています。一列に並び、一つずつ手渡すリレー方式で庭を横切り、畑の隅に積み上げます。やっているうちに少しずつ要領が良くなり、元気に声を出しながら手渡していきます。途中休憩をはさみながら、1時間半で終わりました。

次は畑の草刈りと瓦礫の片付けです。草は背丈まで伸びていますから、刈らないとその中に流れ込んだ瓦礫は見つかりません。ただし、草は津波の運びこんだ海浜砂の層の上に、新たに生えたものです。地震から半年になろうとしていますが、塩分を含んだ土地でも、草は驚くほどその背丈を伸ばしています。

見つけた瓦礫は、木片、ガラス・瓦、金属片などに分類して集積します。草刈りと小さな瓦礫集めは石屋と女子が担当し、男子は畑と周辺の土手に残る大型の木片や金属片の運び出しを担当しました。

力仕事の連続でしたが、元気に終えることができました。畑はやがて重機で表面の塩分を含んだ土砂を取り除き、数年かけて復旧させるそうです。「復興」ではなく、「復旧」がまず第一歩なのだと言われました。

お昼休みに依頼主から震災前後の経験談を聞きました。人は生きることの大切さを、生かされている事への感謝の中から見つけるのだという、感動的な話を伺いました。大いに励まされてしまいました。


依頼主の自宅は、築130年の立派な民家です。藁ぶき屋根をトタンで覆った大屋根の上に、立派な煙抜きの子屋根が重ねられています。屋内の柱の太さも、現代の建材の3倍はあります。チリ沖地震の津波も届かなかった位置にあったのに、今回は1階部分を津波が通りぬけてしまいました。しかし、多くの偶然が重なって、家族から誰も犠牲者は出なかったそうです。

若者は初日の経験があまりに彼らの日常とかけ離れていて、まだ消化できていません。依頼主の話に返事ができず、黙って聞き入るばかりです。事前学習と現地の体験には、あまりに大きく、しかも重い違いがあるのです。

明日からまた気を取り直して頑張りましょう。

by ishiyahonnin | 2011-08-22 16:30 | event | Comments(0) | Topへ
雨模様の福島を走行中です
東北自動車道は雨模様です。小粒ですが、間断なく降り続いています。

白河を越えました。時々屋根にブルーシートが目立つようになりました。

行き交う車のナンバーにも東北地方の県名が多くなりました。

まだあと2時間はかかりそうです。


by ishiyahonnin | 2011-08-21 14:08 | event | Comments(0) | Topへ
バスで移動しています
石屋本人です。生憎と土砂降りの福岡を飛び立ち、無事羽田に到着しました。東京について知ったのですが、福岡では土砂降りの中で竜巻が発生したようで、電柱が4本根元から折れた騒ぎが起きていました。

学生93名職員11名がニュートウキョウバス3台を連ねて、帝都を北に走っています。

これから4泊5日の予定で、宮城県石巻市、気仙沼市、岩手県陸前高田市などの東日本大震災被災地で、災害ボランティア活動をするつもりです。若者は昂揚しています。


by ishiyahonnin | 2011-08-21 11:08 | event | Comments(0) | Topへ